震災における疾患

震災時における循環器疾患のリスク


 近年、世界では多くの自然ならびに人為的大災害 が発生している。災害時には、高齢者や心血管リスクが高い患者を中心に、その被害状況に比例して心血管イベントが増加する。その増加は特に夜間から早朝にかけて著しく、ストレスが解除されない場合、数カ月継続する。


 この機序として震災時に生じた恐怖やその後の環境変化に伴う極めて強い精神心理ストレスや、睡眠障害による心血管リスク因子の増悪がある。ストレスは交感神経系や視床下部-副腎皮質系を活性化しサイトカインを増加させる。こ れらの系を介して、血圧昇圧、血液凝固亢進、糖代謝障害、炎症反応などが引き起こされ、心血管イベントの増加につながる。災害時心血管イベントの予防の観点から、災害発生時の迅速な救急対応に加えて、ストレスの早期軽減を計る行政対応と、震災時の特徴を理解したリスク管理の徹底が重要である。

心血管イベントによる死亡が倍増

災害時には心血管イベントが明確に増加する。特に夜間発症例が著明に増え、その震災後2-3カ月にわたって発症増加が継続する傾向がある。急性冠症候群(急性心筋梗塞、不安定狭心症)、肺塞栓症、さらには強い精神的ストレスにより引き起こされることが知られる、たこつぼ型心筋症の発症が増加する。

ストレスによる血圧上昇

震災時直後から 2-4 週間は血圧が収縮期血圧で 5-15mmHg程度上昇する。


災害時の昇圧の程度が高い人は、血圧が心血管イベント発生の直接のトリガーになる危険度も高く、治療が望まれるハイリスク群と考えられる。しかし、この昇圧は一過性であり、震災時の血圧は4週目には大半が下降することから、降圧 療法の開始と中止に関しては慎重であるべきである。血圧は精神的ストレスの影響を受けて著明に変動するが、その個人差は極めて大きいことが特徴である。この個人差には、ストレスに対する脳の認識過程が強く影響し、一つのストレスに対する昇圧程度は、他のストレスによる反応とは関連がないことが多い。しかし、白衣効果による昇圧程度と震災時の昇圧には、弱いながら有意の相関がみられる。このことは、強度の精神的ストレスによる昇圧と医療環境による白衣効果という特殊状況時の昇圧になんらかの共通する発生機序が存在することを示している。また、逆に神経系に障害のある糖尿病患者や、交感神経α遮断薬やβ遮断薬を服用中の患者では上昇が少ないという成績も得られていることから、その昇圧機序に交感 神経の活性化が関与していることが伺える。一方、この血圧レベルの上昇の遷延には異なる要因が関与していた。通常は3-4週間でもとの血圧に戻るが、微量アルブミン尿を有する患者は高血圧状態が遷延する傾向が強かった。ストレス時の昇圧が継続し、高血圧が成立する機序に腎機能が重要であることが伺える。腎障害者ではストレス負荷時にナトリウム貯留が増加していることが影響した可能性がある。したがって、降圧薬の選択については、心血管イベントの発症トリガー抑制の観点から、交感神経系抑制薬を処方し、血圧回復の視点からは、腎機能に好ましいレニン・アンジオテンシン(RAS) 系抑制薬を追加するという処方が適当であると考えられる。

血栓傾向が著明に強くなる

震災後の被災者では、血液凝固亢進状態が生じる。この血栓傾向は数カ月持続し、ストレ スの強度に比例し、被災により家族の入院があったり、家屋が全壊した高ストレス群で高いことが明らかとされている。また、血栓は血流うっ滞でも生じやすくなる。避難所 生活による身体活動の低下や、車のなかでの生活では、下肢の血流がうっ滞し、深部静脈血栓が生じやすくなる。肺塞栓症が増加する。

震災後の被災者では、血液凝固亢進状態が生じる。ヘマトクリッ ト、フィブリノゲンといった血液粘度を示す指標や生体内の凝固・線溶系亢進を示す分子マーカーであるフィブリン分解産物 D ダイマーが有意に上昇していた。震災後1-2週後の測定値であるが、この血栓傾向は数カ月持続し、ストレ スの強度に比例し、被災により家族の入院があったり、家屋が全壊した高ストレス群でフィブリノゲンやDダイマーの上昇率がより高いことが明らかとされている。
また、内皮細胞障害マーカーであるフォンビルブランド因子も震災後に増加していた。このように被災後に血栓傾向が生じる理由として考えられるのは、まず昇圧機序と同様のストレスによる交感神経系の活性化があげられる。交感神経の亢進により、血小板凝集が亢進することが知られている。次に、摂水不足の影響が考えられる。つまり震災でライフラインが破壊され、被災初期の飲料水の供給が遅れたことに原因がある。また飲料水の配給体制が整ったあとも、冬に起こった震災では夜間に避難所の外に設置された仮説トイレに行くのを嫌がり、水分を控える避難者が多かったことなども摂水不足を惹起したと考えられる。脱水により血液濃縮が生じ、ヘマトクリットが増加し、感染などによる炎症反応の亢進により、フィブリノゲンなどが増加する。さらに脱水は、RAS系を活性化する。RAS 系の発生産物であるアンジオテンシンIIやアンジオ テンシンIVは組織プラスミノゲン活性化阻害因子 -1(PAI-1)の産生を増加させることが知られている。また、血栓は血流うっ滞でも生じやすくなる。避難所 生活による身体活動の低下や、車のなかでの生活では、下肢の血流がうっ滞し、深部静脈血栓が生じやすくなる。肺塞栓症が増加する。

たこつぼ型心筋症
Takotubo Cardiomyopathy


たこつぼ型心筋症は、震災後 などに多く発生する可能性のある、突然の胸痛から始まり狭心症、心筋梗塞などによく似た症状を呈する循環器疾患であります。治療は、ストレス要因の除去 と安静です。

『たこつぼ型心筋症/Takotubo Cardiomyopathy』は 1990年に本邦で初めて報告され、2006年に発生しました新潟中越地震の震災直後に発生が多く報告されております。
原因は未だ明らかになっておりませんが、ストレスによる内因性のカテコールアミンの増加などの関係が考えられており、震災後 などに多く発生する可能性のある循環器疾患です。
 症状は、突然の胸痛から始まり狭心症、心筋梗塞などによく似た症状を呈します。
 診断は、心電図における虚血性変化所見(初期の広範囲の ST 上昇と、その後速やかに出現する巨大な陰性T波)および心臓超音波検査による特徴的な心室基部の過度の収縮と心尖部広範囲におよぶ収縮低下を手掛かりに、狭心症、心筋梗塞との鑑別を最優先に行う必要があります。冠動脈造影(正常冠動脈)と特徴的な左室造影所見で診断されます。
 治療は、ストレス要因の除去 と安静です。
 予後に関して明らかなデーターはありませんが、実際に新潟中越地震発生後に発生した、たこつぼ型心筋症16例(男性は1例のみ)の報告では、震災発生の平均5日後に胸痛や呼吸困難を主訴に発症しました。治療後は深刻な心不全や致死性の不整脈の発生を認めず、発症より平均 23 日後に左室収縮能は改善し、全員が独歩退院をいたしております。ただし、たこつぼ型心筋症は循環器専門医でも診断に苦慮する場合がございます。

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